読者投稿 鈴木義彦編②(195)

〖鈴木の家族がネットの拡散に対して何の反応も示さない事に違和感を覚える。普通は、悪人であっても家族に対しての中傷は心に大きな負担を抱えるものだと思う。このサイト記事によると、鈴木には常に愛人がいて、親和銀行事件で保釈された時も家族の元には戻らず、愛人との暮らしを選んでいる。鈴木も家族たちもお互いに心の拠り所ではなかったようだ。お互いに愛情は無く金銭だけの関係になっていたのだろう。情の通っていない家族は既に崩壊している。鈴木は、家族の愛情さえも裏切って平気で生きている最低なクズだ〗

〖鈴木は親和銀行を巡る100億円以上の不正融資事件で平成10年5月31日に警視庁に逮捕された。この事件は銀行の頭取をハニートラップの罠にかけ、そのスキャンダルをネタに総会屋や暴力団と共謀して、銀行から価値のない担保を名目に100億円以上の不正融資を引き出したというものだった。後に事件は発覚して鈴木は逮捕されることになったが、マッチポンプに協力した総会屋と暴力団を手玉に取り、鈴木は銀行から引き出した融資の大半を手中に収めた。鈴木は並みの悪党ではない。親和銀行側の信用を逆手に取り、融資を引き出した手口は暴力団さながらで大悪党ならではのものだ〗

〖「一寸の虫にも五分の魂」と言うが、鈴木には当てはまらない。人間として他人からの恩義は絶対に裏切ってはならないものだ。僅かな言い訳さえも赦されない事をしている奴には、それなりの償いをさせるべきだ。人間としての最低限の権利も与えてはならない人非人だと思う〗

〖今までは「金さえあれば何でも買える」という言葉を否定して生きてきた積りだが、この記事を読んでそれは間違いだったと気付かされた。残念ながらその言葉は貧乏人の負け惜しみなのだろうか。この記事で鈴木を知って、つくづくそう思わせられたのは、瀕死の状態の時に他人から救われたことを感謝せず、その人を騙して裏切っても、金さえ持てば、目先では法に背いて自分勝手な都合を通して生きて行けるということだ。義理、人情などに囚われていては裕福な人生を送れない。世の中は綺麗ごとでは生きて行けない。他人に情を施すことは大きな間違いなのだ。鈴木ごときにこんな気持ちにさせられる自分が惨めで、恥かしい。生まれ変わっても鈴木の様な外道の生き方をする人間だけにはなりたくない〗

〖青田光市は、周囲からは箸にも棒にもかからない、ただのクズと見られているだろうが、本人は反社の若い連中を従えていい気になっているようだ。鈴木の金という後ろ盾があればこその話だろうが、いつまでも続く訳がない。というより、過去の事件はもちろん、現在進行中のものも捜査の手が入れば一発で身柄を確保されるに違いなく、そうなれば、どこまで鈴木のことを喋らずにいられるか。青田は口が軽いと鈴木も実感していたが、青田の資金が調べられたら、鈴木もタダでは済まないはずだ〗

〖日本の司法機関は過去、現在を含めて多くの犯罪者を見逃してきたのではないだろうか。戦前戦後の日本の権力者たちは清廉潔白では国を救えなかっただろう。その身代わりとなって犠牲になって来たのは常に一般の弱き国民だった事も事実だ。その様にして国は発展してきたのだと思うが、悪しき慣習は現代も引き継がれ、既得権益に群がる政治家や官僚たちが国を牛耳っている。このサイトで批判されている裁判所組織の腐敗は正に過去の悪しき慣習に胡坐をかいている証拠だと思う。根本的な事を早急に全面改革しないと、悪徳政治家や官僚、そして鈴木のような極悪人は減らないだろう〗

〖鈴木は、よくここまでの悪事を働きながら無事に生きて来られたと思う。コイツの悪事は人としてやってはいけない事ばかりで、騙し、裏切りの繰り返しだが、親和銀行事件以外は前科がないようだ。これは鈴木の悪運なのか、警察を含む監督官庁の怠慢なのか。捜査権と逮捕権を持っているのは警察と検察だけだが、調査権は各役所にもあるはずだ。証券取引、海外への違法送金、脱税を管轄する役所の目は裁判所と同じで上ばかりを見ていて、出世に関係のない国民の難儀は見て見ぬ振りをしているのではないだろうか〗

〖西が志村化工株事件で東京地検に逮捕されたのは平成14年2月だったが、本命の鈴木は西が庇ったおかげで逮捕を免れた。その後、西が保釈されて、A氏と鈴木、西が面談した際に、鈴木が「社長への返済金の一部10億円を西さんに渡した」と言い出したが、この金は鈴木が合意書を破棄させようとして西に複数回で渡した報酬だった。西のお陰で逮捕を免れたにもかかわらず、鈴木はどんな意図でそんな嘘を言ったのか。西を試したのか。西が真相を言える訳はなかったろうが、単にA氏への債務額を減らすためというなら、相当に危険な賭けだったように思う〗(関係者より)

〖裁判官が誤審誤判を犯した場合の罰則は、法律で定められていないようだ。
というより「裁判官は過ちを犯さない」事を前提とした法律の構成になっているのではないか。そんな馬鹿な事があっていい訳がない。裁判官も人間で、間違いはある筈だ。間違いは修正して正道に戻すのが当たり前で、誰が間違えたかを隠蔽するものではない。現在の裁判制度では裁判官を保護することはあっても被害を受けた国民を守ることはしないし、出来ない〗(以下次号)

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