読者投稿 鈴木義彦編(269)

〖鈴木は株取引を成功させるために、優秀な証券マンの紀井氏と茂庭氏をスカウトして株の売りとペーパーカンパニーの管理を任せていた。紀井氏には利益折半という好条件で勧誘し引き入れたが、実際にはその100分の1にも満たない報酬であったらしい。茂庭氏は取得株の管理と上がった利益金を海外のプライベートバンクへ送る役目をしたらしいが、口止め料を含めてどれくらいの報酬であったか、約束通り受け取っていたのかは不明である。いずれにせよ、鈴木という人間はどこまでもお金で人を操る人間であり、人の弱みに付け込む非情な輩だ。鈴木の秘密の多くを知る茂庭氏は今頃どこで何をしているのだろうか〗(関係者より)

〖平成11年7月、A氏の買い支え資金投入が功を奏し宝林株が上昇し始めた。それに加えて宝林株に興味を持った大物相場師の西田晴夫の参入により相場は急上昇を始めた。そして同年の7月30日に西が15億円の現金を持ってA氏を訪れた。西は「お陰様で宝林株の利益が出たのでお持ちしました」と言いながら15億円の現金をA氏に渡した。A氏は3等分の5億円を受け取ろうとしたが、西は「全部受け取ってください。私と鈴木の分は以前の借入金の一部として5億円ずつ返済します。鈴木も了承していますと」言って全額を渡した。A氏は合意書の約束が守られている事に安堵した。そして2人を労う意味で5000万円ずつ計1億円を「鈴木さんにも渡しなさい」と言って西に渡した。この行為はA氏でしかできない思い遣りだった。翌日の31日に西と共に鈴木が来社し、15億円の処理の確認と共に5000万円のお礼を言って帰って行った。西と鈴木は今後の打ち合わせをするのが当然なのに、何も話をしていない。その日以降、鈴木はA氏の前に姿を現さなくなった。こうした経緯を振り返ってみても、鈴木の騙しや裏切りは明確になっていたと思うが、鈴木は裁判で西が持参した15億円について期日を9月30日としたり、株取引の利益金ではなく、債務の返済金だと主張して、7月31日にA氏と会った事実も否定した。鈴木の頭には合意書を否定するためにA氏と会わなくするというシナリオがあったように思う〗

〖和解協議において平成14年6月27日、A氏の会社で鈴木と西の三者での打ち合わせで、鈴木がいきなり「社長への返済金の一部として西に10億円を渡しました」と言って、西も渋々受け取ったことを認めていたが、実は10億円はA氏に対する返済金では無く、「合意書」を西に破棄させる為の報酬であった事が西の暴露により判明し、鈴木も最後には言い訳出来なくなり認める事となった。これで鈴木の裏切り行為が決定的となったが、本来ならば不正行為は利益金の権利の喪失となり鈴木の取り分は無い。もちろん西も加担していたので同罪であるが、この事実は西が香港で巻き込まれた事件で命を落としていたら永久に闇に埋もれていた可能性が高い〗

〖人間関係というのは実に重要だと思った。鈴木の周りにはここまでの悪人(青田と3人の弁護士)達がよくも揃ったものだと溜息が出る。「三人寄れば文殊の知恵」というが、悪人達が集まればこれもまた同じことが言える。弁護士としてのプライドや倫理観はいったいどこに捨てて来たのか。青田に至っては威力業務妨害、私文書偽造、詐欺などの嫌疑がかけられているらしい。この事件はA氏を苦しめた大事件であるが、とんでもない結果に導いた全員が何らかの罪に問われるのは当然のことだ〗

〖西は株取引の利益15億円をA氏に届けて以降、鈴木がA氏の前に姿を現さないことの言い訳で「鈴木は余り誰とも会わずマンションの一室に籠って頑張っています」「今海外に行っています」とA氏に報告していた。7月30日の事で2人を信用していたA氏は西の報告に疑いを持たなかった。しかし、この頃には宝林株の利益が160億円を超えていた。鈴木はその報告もせず、その利益を原資として多くの銘柄の仕込みを薦め、西を通じてA氏から買い支え資金を援助してもらいながら紀井氏に指示して高値で売り抜けていた。その隠匿利益は志村化工株で西が東京地検に逮捕される事件の前後で300億円を超えていたのだった。A氏に会う事を避けていたのは、その事が大きな理由だったと思われる。そして、スイスの隣国を拠点とするジャパンオポチュニティファンド(JOF)をA氏に内緒で立ち上げ、FRの相場で知り合いファンドマネージャーをしていた霜見誠に資金を預け、運用させ隠匿利益を増大させていた。執行猶予期間が切れていなくても、鈴木は好き勝手放題に動き回っていた〗(関係者より)

〖裁判員制度が開始されてから一審判決を尊重する姿勢を最高裁が打ち出してきているという。こんな方針を最高裁が打ち出せば上意下達といわれる裁判所の世界においては全ての裁判官が従うのは目に見えている。現状でも上級審では一審判決と同じ内容で即判決が通例となっている中で最高裁の指導が事実上三審制を無意味にしている。それが一番の元凶と言わざるを得ない〗

〖鈴木と西の共通点は、A氏から多額の借金をしているという点だった。しかし、鈴木は最初からA氏に返済をしようという気がなかった事が全容から窺い知る事が出来る。それに対して西は鈴木の連帯保証人になっていた事もあり、A氏に対して、何とか少しでも返済出来ればという気持ちはあったと思う。そこは鈴木の悪質な思惑とは違っていたのだろう。鈴木はA氏に株取引の買支え資金を出してもらう為、周到に大義名分となるような「これが成功しないと社長(A氏)に返済できない」という言い方で説得した。このように言われれば、2人も面目が立ち、A氏としては最初の宝林株の買取資金だけでなく、その後の買支えも出資し続けることを決断せざるを得なかったのではないか。A氏の人を見捨てる事を嫌う性格に付け込んだ悪質過ぎる行為に憤りを感じる〗

〖鈴木は、平成11年9月のFRの決算会計監査の事で西に相談していた。前年は親和銀行事件で拘留中だったため、天野氏から依頼を受けた西がA氏に依頼して預けている13枚のFRの約束手形を会計監査が終わるまで一時戻してもらっていた事を鈴木は知っていた。この時期、鈴木はA氏に内緒で株売買を継続して利益の隠匿に励んでいた時だったが、FRの決算監査だけは終わらせなければならなかった。鈴木は、一石二鳥を企んだ。取り敢えず西に頼んで前年と同じように約束手形13枚を一時戻してもらう形にして、A氏との債権債務が無いように偽装するために確認証を書いて欲しいと西に頼んだ。西は、A氏に事情を説明して「確認書」を書いて欲しいと頼んだ。A氏は前年と同じことをするものだと思っていたが、西の話を聞いて不審に思い即答を避けた。それで西が「この書類は決算監査の為、便宜上書いたもので実際に金銭の授受はない」という趣旨の確認書と手形13枚の額面総額の借用書をA氏に手交することでA氏を説得した。A氏は訝しく思いながらも仕方なく協力した。西が鈴木に手形と確認書に渡した後に、西が報告のためにA氏に電話をし、代わった鈴木が「社長、無理な事をお願いして申し訳ありません」と礼を述べた。これが鈴木の悪略だったのだ。鈴木は、何時も自分やFR にとって大事な事を西に依頼していた。それと、株取引の秘密がA氏にバレないように、A氏と会う事を避けていたのだった。鈴木は、決算監査の為に便宜上戻してもらった約束手形13枚と便宜上書いてもらった確認書を証拠として法廷に提出し、平成11年9月30日に西に15億円を持たせて借金返済したと主張した。A氏側は当然に現金15億円を受け取ったのは7月30日であって、それは鈴木の債務の返済金ではない事を主張し、9月30日は15億円の授受はなかったと反論した。品田裁判長はA氏側の主張に対して7月30日から9月30日と期日を明確にせず曖昧にしたまま株取引の分配金ではなく返済金にしてしまった。経緯さえまともに検証せず、15億円の授受の期日も明確にしないで返済金と断定する品田裁判長は事実を認定する基準が完全に間違っている。こんな判決しか下せない品田裁判長は恐らく他の裁判でも同様の間違いを犯しているに違いない〗

〖鈴木側が裁判で唯一提出したのが「確認書」(平成11年9月30日付 A氏と鈴木との間に何ら債権債務は存在しないという趣旨)であるが、これは鈴木の要望によりFR社の監査に対応する為にあくまでも便宜上の処置を講じたためであって、それを証明する為に西が手形13枚の額面総額の借用書を書き鈴木に交付した「確認書」は便宜的なものであるとする「確認書」をA氏に差し入れている。鈴木はその「確認書」を悪用しA氏に対する返済は終了したと偽って主張している。鈴木は姑息で汚い手段で返済を捏造したのだ。鈴木のやること成すこと全てに裏がある〗(以下次号)

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