読者投稿 鈴木義彦編②(197)

〖裁判官や弁護士に「法律家の特権」は与えてはならない。そもそも法律家には特権というものは無いと思うが、この記事を読んでいると裁判官には「独断と偏見」という特権が与えられているのではないかと錯覚してしまう〗

〖鈴木の裁判は、長谷川と平林の両弁護士が勝訴を勝ち取ったのでは無く、裁判官たちによる事実認定の誤りと怠慢から生じた誤審の連続だったから、下された判決は矛盾だらけで不当なものに他ならなかった。鈴木の悪事を嘘で覆い隠し如何に正当であるかのように見せかけ、それを何の根拠も無く疑いもせずに認めた品田裁判長をこのまま裁判官として続けさせる訳にはいかないはずだ。世の中の為にならない裁判官は弾劾されるべきだ

〖鈴木は友人の青田を使って、FRの手形を商業手形に見せかけて割り引いたりしていたが、数社にあったその融資先が高利な事も手伝って融資枠が一杯になりつつあったのだと思う。鈴木は当時、親和銀行事件を抱えていて、逮捕されると有罪になることも解っていたはずだ。逮捕拘留されると資金繰りができなくなる。逮捕される前には絶対に手形を不渡りにする事だけは避けたかったに違いない

〖鈴木は和解協議の場でA氏の会社に監禁されて強迫を受け、和解書に署名しなければ、その場を切り抜けられなかったと主張したが、何故、すぐにも警察に被害届を出さなかったのか。強迫というなら被害届を出すのは当然で、しかも金額も50億円プラス20億円だったからあまりにも巨額だ。品田裁判長も警察への被害届の受理の記録を基に強迫の事実を認定するならまだしも、鈴木の証言だけで強迫があったと判断するのはあまりに乱暴で強引過ぎる裁定には思い込みの激しささえ感じさせる。さらに鈴木は和解書作成後に何回も和解書の支払約束を追認していて、「買い支え損は西から70億円と聞いているが、正確にはいくらですか」とまでA氏に電話で尋ねていた。それに和解から1週間後には一人でA氏の会社を訪ねて今後の支払について打ち合わせをしていた。これが何故強迫や心裡留保になるのか

〖裁判結果に納得できずに再審を申し立てる数は年間かなりの数だと言われている。刑事裁判では死刑判決を再審の申し立てする場合もある。そして、その事件によっては社会問題としてマスメディアを賑わす事もある。民事裁判は刑事罰が伴わない事もあり誤審であっても殆どマスメディアが取り扱わない事が多い。そのせいで再審されたかどうかも世の中の話題にならない。裁判所は、手続きが煩雑な事もあり、裁判官の立場を保護することを優先して再審の受理は殆どしない様だ。これが裁判所の横暴に繋がっていて、多くの被害者が泣き寝入りしている。最高裁の大谷長官は品田のような深刻な過ちを犯した裁判官をいつまで放って置く積りなのか

〖品田裁判長の判断ミスは鈴木を有利にするばかりだった。鈴木は親和銀行事件で逮捕される直前にA氏を訪問し、8000万円を借入れ、FR常務の天野氏の署名のあるメモでピンクダイヤと絵画を販売委託と称して持ち出したが、このピンクダイヤと絵画は鈴木が、自分が購入した商品だと主張したものだった。自分が購入した商品を販売委託と称して借り出すという馬鹿な事が有る筈がない。品田裁判長はこの事には触れずFR振出の借用書3億円と、ピンクダイヤを含む高級輸入腕時計10点以上、合計7億4000万円を鈴木個人の債権から除外している。判決文を見ても強引なコジツケとしか思えない。品田裁判長にこんな強引なコジツケをする理由が何処にあったのだろうか

〖バブルの恩恵を頼りに生きていた鈴木は、バブル崩壊後は瀕死の状態だったと思う。しかし、悪知恵の働く鈴木は他人を踏み台にしながら何とか生きていたことだろう。そんな時期に、日本政府は景気を復活させる手段として株式市場を活性化させる政策を立てた。復活途上で資本が盤石でない法人に対しても上場のチャンスを与え、一般投資家の興味をそそったのだった。鈴木はその流れを利用して粉飾決算を繰り返して自分が創立したFRという会社を店頭公開した。一般投資家の資金を利用して創業者利益を得ることを目論んだが、その前に株価を維持させなければならなかった。知人に依頼してFR株を購入し続けて貰う為には資金が必要だった。会社の資産である宝石貴金属を金融業者に担保に預けたり、FRの約束手形を担保に高利の金融業者から融資を受けながら苦しい資金繰りを繰り返していたようだ

〖鈴木は親和銀行事件で逮捕される前に何としてもFRの社長としての体裁が整っているところで悪事を仕掛ける相手を探さなければならなかった。その時に鈴木の情報網に引っかかったのが西だったのだ。鈴木にはどんなことをしても西を逃がすわけには行かなかった。西を会長と呼び、煽てあげながら近づいた鈴木は西との会話の中でA氏の存在を知ったのだと思う。これが、A氏の悲劇を生む原因となった

〖人間が積み重ねた経験は簡単に失われるものではないと思う。頭脳が優秀でも経験に勝てるものはない。頭脳明晰な人間は、自惚れが強く自分の考えが正しいものだと思い込んでいる節がある。法律家にはそんな人間が多いのではないだろうか。社会経験が浅く乏しい人間に民事裁判を裁く権限を与えては必ず誤審誤判を招く事になる。A氏と鈴木の訴訟がそれを証明している〗(以下次号)

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