超一流の仕事師を目指した西義輝の挫折

西義輝が鈴木義彦をA氏に紹介したのは平成9年8月頃のことで、すでに20年以上も前になるが、その時の出会いが、その後の西やA氏にとってどれほど陰惨な状況になったか。西は鈴木の決定的な裏切りによってA氏が負った深刻な金銭的負荷を回復させることができないまま失意のうちに平成22年2月に自ら命を絶つことになったが、鈴木をA氏に紹介した時には恐らく西自身ですらそこまでの認識はなかったに違いない。

35年ほど前に西が宝石商から紹介を受けてA氏に会って以降、西はA氏の潤沢な資金に頼りっきりになったが、A氏との親交が深まるにつれて、株の投資やバブル景気が崩壊した後の平成5、6年頃にスタートさせたオークション事業等での資金支援をA氏に依頼するようになった。A氏も西の依頼に応えて株の投資では20億円以上の損失を出し、また新宿センタービルの43階にあるA氏の会社の一角をオークション会場に提供してあげるほど支援したが、オークション事業も先細りのまま終わっている。それでも、A氏が西を責めることは無かったが、それが西の奢りにつながったのかもしれない。
「社長は自分がお願いをすれば、何でも聞いてくれる」
A氏は約束したことは最後まで守るという性格の持ち主だが、西はA氏に甘えるばかりで借りっぱなしのまま借金を清算することもなかった。

伊藤忠アメリカの社長だった室伏稔氏(故人)を西がA氏に紹介して、その後、A氏をアメリカに招待して室伏氏はA氏をもてなしたことがあった。その後にA氏は室伏氏が伊藤忠商事の社長に就任するための資金支援を惜しまなかった。室伏氏は社長就任パーティにA氏と西を招待して、さらにパーティ終了後にA氏と西をヒルトンホテルでの夕食に招待するという異例の対応をした。室伏氏のA氏に対する感謝の一端であったろうが、社長就任のパーティがお開きになったとはいえ、列席していた財界人たちを差し置いてA氏と西に対応するとあって、室伏氏の秘書たちも慌てたと思われるが、室伏氏は社長に就任できた喜びをA氏と西と味わいたかったのだろう。その後、西は室伏氏との関係を利用して、伊藤忠商事と不動産取引等を頻繁に行ったようだが、A氏は一切頼み事を持ち込まなかったという。元はと言えば、西はA氏の資金を当てにして伊藤忠商事との関係を構築していったことになるが、その関係は西が暴力団のトラブルに巻き込まれ、六本木の路上で銃で撃たれるという事件が起き報道されたことがきっかけで絶たれることになった。西が何故事件に巻き込まれたのかは不明だったが、常に自分を大きく見せようとする性格が災いして誤解を招いたようで、相手が暴力団関係者だったために命に関わる深刻な事件となった。西は一命をとりとめたが、自分を大きく見せようとする性格は、その後も変わりなかった。

西は中学時代からアメリカで過ごしたという経験から、アメリカ国内に多くの人脈があり、その関係でブッシュ元大統領とも面識があったようだが、西の秘書のような仕事を手伝っていた関係者を伴ってアメリカに向かった際、西はその関係者に「俺はこれから世界でも超一流の仕事師になる」と言い放ったという。もちろん西の脳裏にはA氏の潤沢な資金を当てにするという思惑がよぎっていたに違いないが、その点を指して関係者が西に「A社長との関係はどうするんですか」と尋ねると、「社長だけは例外だ。社長は何の見返りも求めずに良くしてもらって、裏切ることなんてできない」と言っていたという。
その言葉が果たして真実であったかどうか、今となっては不明だが、西は自分の周囲の人間がA社長と電話で話したり直接会うことを固く禁じていたので、このような話がA氏の耳に入るようになったのは最近のことである。

鈴木は宝石や輸入ブランド品の販売を手がけるエフアールの社長だった。エフアールは上場していたが、それは株式の公開に伴う創業者利益の獲得を目指しただけの結果で、上場後も粉飾決算をするほど業績は悪化の一途を辿っていたが、鈴木はただ株価の維持を図るために外部から資金を借りては知人や友人の名義で自社株の売買を繰り返していたのだった。鈴木の資金繰りは犯罪そのものだった。簿外で手形を振り出して、それが商行為を基にしたように見せかけ、期日が来れば先延ばしにするか10日で1割以上という金利の金融に手を出していた。あるいは長崎に本店を置く親和銀行からの融資では価値のない宝石や二束三文の土地を担保に巨額の資金を調達して、地方銀行の融資限度額を遥かに超える不正融資を引き出しており、いつ事件化してもおかしくない状況にあった。西もまた、何故か鈴木に協力して知り合いの神田の高利金融を紹介するだけでなく、西自らが連帯保証をしており、その総額は20億円前後まで膨らんでいた。

そんな状況にあった鈴木を西はA氏に紹介したのである。案の定、鈴木は矢継ぎ早にA氏に借り入れを申し込み、わずか数か月の間に借り入れの総額は約28億円にまで上った。鈴木がずる賢さを見せたのは、A氏に借金の依頼をするのはほとんどは西であり、借り入れを始めた当初に西はエフアールの手形を持参したが、その手形を金融機関には回さないで欲しいという「お願い」書まで西に用意させていたことだった。借り入れで鈴木が直接A氏の会社を訪れたのは平成9年10月15日に借用書を持参して3億円を借り入れた時だったが、この時も西が同行していた。A氏は西に依頼を断らないという話を西が鈴木に自慢していたのか、実際にそのような関係を鈴木が巧みに利用して、西をおだて上げるだけおだてていたのか、どちらにしても鈴木は常に西のことを「西会長」と呼んでいて、A氏の前でも融資依頼の口火を切ったのは西であった。鈴木におだてられて西はまんざらでもなかったのかもしれないが、鈴木のずる賢さは半端ではなかった。

平成11年7月8日にA氏、西、鈴木の間で合意書が交わされ、西が取得に成功した宝林株の売りで、最終的に160億円と言う巨額の利益が得られると、鈴木は西を篭絡してA氏を裏切らせてしまった。合意書には銘柄ごとに清算をして収支の状況を3人が共有し、利益が出れば一旦はA氏に預けたうえで相互に処理を確認するとなっていたが、鈴木の口車に乗った西は、合意書の締結から3週間後の7月30日にA氏の会社に「株取引の利益」と言って15億円を持参した。しかし、実際に上げた利益はその時点で50億円前後になっていたにもかかわらず、鈴木と西は収支の明細を具体的にA氏には語らず、宝林株の売りが終了して、結果的に15億円の利益が出たように見せかけのである。西が遺した回想録によれば、「宝林株を継続して売り捌くとともに、次に仕掛ける銘柄にかける経費等を残すことにして、A氏に届ける分配金を鈴木は10億円と言ったが、私が15億円と言って、その額を持参することにした」とある。鈴木による西のおだて方が巧妙だったのか、まるで西が主導して株取引を差配しているように映るが、実際には上がった利益金の管理は全て鈴木が仕切り、株の売りを任せられていたK氏の仕事場(都心の1LDKのマンションの一室)に溜め込んでいた資金が一定額(K氏によれば60億円)以上になると、先ずは香港の金融機関に流出させていった。口座の名義人は発行企業体から社債や株式取得した外資系投資会社になっていたが、これはもちろん鈴木が取引のあったフュージョン社に指示して用意させたペーパーカンパニーだった。その後、鈴木は密かに別のペーパーカンパニー名義の口座に利益金を移す作業を繰り返し、利益金の隠し場所を鈴木以外は誰も知らない状況を作り上げてしまったのである(西とK氏の証言による)。西はそうした鈴木の言動を傍で見ていただけだったのか、特に利益金の所在について鈴木に説明を求めていた形跡はない。というよりも鈴木に任せておけば保全され、いずれ分配金を受け取れるものと考えていたようだ。というのも、鈴木は西を篭絡するに当たって「A社長に利益を真っ当に報告すれば借金の返済はできない。この際、利益は二人で分けよう」と唆し、同時にA氏の手元にある合意書の破棄を執拗に迫ったが、その後、西が鈴木に何度も問われるままに「合意書は破棄した」といい加減な答え方をして、鈴木もそれを真に受けたのか、K氏から西の運転手をしていた花館聰を経由して総額10億円の礼金が西に渡っていた。また、宝林株純利益の中から総額で30億円も西の手元に転がり込んでいたことから、西は鈴木が約束を守ってくれると勝手に思い込んでしまったのではないかと思われるのだ。

こうした株取引の現場でのやり取りは、A氏には一切伝わっていない。というより西が半ば積極的に鈴木の“防波堤”のような役割を果たし、A氏が鈴木の消息を尋ねても「海外に出ています」とか「都心の1DKのマンションで頑張っているので、長い目で見守って下さい」(実際は1LDKだが、西はいつも1DKと言っていた)などと言ってはぐらかしてばかりいた。とはいえA氏の会社には「鈴木と西が大きな相場を張って100億円以上の利益を上げている」と言って複数の相場師が訪ねてきて、A氏にスポンサーになってほしいと言う依頼が舞い込むようになり、A氏はその事実関係を確かめるために西を呼んで聞くこともあったが、そんな時でも西は「そんな話はただの噂に過ぎません。まともに聞く話ではないので、相手にしないでください」と誤魔化してしまっていたのである。そうした経緯を見ると、西は30億円をもらったことで本気で鈴木を信用してしまったのではないか、とさえ思われる。しかし、もしそれが事実なら、A氏にとっては最悪の裏切りである。「社長は何でもお願いを聞いてくれる。何も見返りを求めないあの人を裏切ることはできない」と西自身が関係者に語っていた言葉が全く逆の行動となっていた。西は、鈴木が最後まで約束を守り、莫大な利益の分配金を受け取った時にはA氏に返済もできるし、利益の分配もできると考えていたかもしれないが、それこそ空想に過ぎず、その実態が」平成14年2月に志村化工株の相場操縦容疑で西が東京地検特捜部に逮捕された後に徐々にではあったが見せ始めた。鈴木が本性を露にしていったのだ。
西が特捜部の取り調べを受けるようになると、鈴木は西の前で土下座をして「自分のことは一切話さないで欲しい。西会長が出所したら何でも言うことを聞きます」とまで言ったが、それは何とか自分だけは助かりたいというその場だけの方便でしかなかったが、西は西で鈴木が逮捕されれば利益の隠匿が発覚して全てが水の泡となってしまうとも考えたというが、そんな事態が起きても鈴木を何とか信じようとしたのかも知れない。

鈴木と旺盛に株取引に取り組んでいる中で、西は鈴木に指図されるまま、合意書に基づいた個別銘柄ごとの収支、利益分配等をA氏には報告することも無く、鈴木と西は合意書の約束を無視して一方的に買い支え資金を名目にA氏から資金を引き出していたが、実際にはA氏からの資金の全てが買い支え資金に投じられたわけではなかった。平成18年10月16日の和解協議の後、鈴木はA氏に買い支え損失について尋ねていたので、A氏が西と紀井氏に確認すると58億数千万円(鈴木からの依頼分の損失)という数字が返ってきた。A氏が西の要請で出した買い支え資金は総額207億円に達していたから、差し引き約140億円は西の長男の陽一郎と投資をやったり、西自身が株投資回したり個人的に消費してしまったことを周囲に漏らしていた。関係者によると、西が個人的に消費した金の使途で判明しているのは、例えばデリバティブ取引のほか、妻の生家の近くに豪華な別荘の建築資金や妻の出身地秋田県の角館を店名にした店を銀座に出す資金に充てたほか赤坂のクラブの歌手(愛人)のために8000万円の家をソウルに買ったり、その前には銀座の愛人にベンツのSLの新車を買ってやったり、息子陽一郎とカジノで好き放題に金を使ったり、向島の芸者遊びに耽るなどA氏には内緒で好き放題にやっていたのである。またある時、西からA氏に6億円の株購入の申し出がありA氏も心積もりにしていたようだが、本当は赤坂の愛人に赤坂で一番の店をやらせる金であったことが寸前でバレたので、西も諦めたようだった。このように、相当にいい加減な使い方をしていた事実が後日判明している。西のA氏への裏切りは決定的なもので、西はA氏に株取引の真相を明かすタイミングをどんどん失っていき、平成18年10月16日の和解協議でも真相の一端しか明らかにできず、鈴木を徹底的に追及する機会を失った。結果的にはウソにウソを重ねるような状況を作ってしまったことになる。とはいえ、鈴木のA氏と西に対する裏切りと悪辣さは西の比ではなく、鈴木が和解書で認めた支払約束を実行する潔さがあれば、西には自殺をする以外に選択肢が残されていたはずだ。

内河陽一郎自身も、関係者の前でも「父は東京オークションハウス当時はカッコ良かった」と自慢していた時があったが、東京オークションハウスがA社長より116億円の融資を受けており、それで陽一郎や身内も優遇されてきたことをどこまで自覚していたのか。
西は自殺する直前にA氏や鈴木など20人前後に「遺書」を送っていたが、陽一郎が、A氏に届いた西の遺書をA氏が見る前に見せて欲しいと言い、A氏は一度断ったが、「コピーを取って見せて欲しい」と言うのでコピーを渡したが、その一方で陽一郎と西の妻にも西から遺書が届いたと言うので、コピーをくれるようにとA氏が言うと陽一郎は返事だけで一切見せようとはしなかった。西の自殺直後に、西が他の債権者に負っていた債務処理などいくつもの相談持ち込んできて、A氏がそれらを全て解決したにもかかわらず、陽一郎は何ら誠実な対応をしなかった。これは関係者全員の意見だが、陽一郎は外見はまじめに見えるがウソが多く、人間としても父親より性格が悪いという。西の妻も誤解をしている部分が陽一郎のせいであるかも知れないが、本人は知っていてもA氏に話していないことが多すぎるようだと関係者は言う。
平成14年6月20日と平成21年11月2日の2回にわたって、西と西の妻はA氏に債務の確認書を作成し、さらに西は鈴木から受け取る手はずとなっていた株取引の利益分配金(137億円)を債務返済のためにA氏に債権譲渡する書面も作成した。そうした場面でさえ、西はA氏には株取引を巡る真相の一端しか語っていなかった。西の妻も本音の部分では強かで、西の債務の保証人になっているのに秋田の別荘の名義変更をしていない。西の自殺後に西の妻は「生活保護を受けている」と言っていたが、先に触れた秋田に別荘を所有している身分では生活保護を受けられないと思われる。西は愛人の中田早苗と組んでA氏に新たな投資話を持ち込んでA氏から資金を仰いだにもかかわらずその投資話も実態のない詐欺まがいのもので、西と一緒に行動していた陽一郎は西が負ったA氏に対する債務が総額323億円とあまりにも巨額であることはあるにしても、肝心の陽一郎の対応には誠実さが全く見られなかったのである。西の妻な陽一郎を信用しているようだが、その理由が分からない。