読者投稿 鈴木義彦編③(291)

〖西は志村化工株の事件で懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を受けたが、鈴木との密約は配当金133億円の分配だったようだ。このうちの43億円を香港で受け取る予定で西は平成18年10月初旬に渡航し、 銀行小切手を受け取った後に薬物入りのワインを飲まされ、瀕死の重傷を負った。ただ、同行していた西の長男の内河陽一郎の言動に不可解な点が多く、事件の詳細が不透明だが、これは陽一郎が真実を明かしていないからと思う。陽一郎は西の自殺後、遺書についてもA氏宛に届いた手紙をA氏が見る前に自分が先に見て、自分と西の奥さん宛の遺書をA氏に「見せます」と言いながら今まで一切見せていない。親よりもひどい性格だというのが関係者全員の意見である。西の債権者との対応でA氏に盾になってもらって助けられたことも忘れた振りをしている。A氏への感謝の気持ちがほとんどなく、訴訟にも非協力的だった。自分勝手もいい加減にしろと言いたい〗(関係者より)

〖鈴木の裏切り行為には驚くばかりだ。鈴木は計画的に金を騙し取る犯罪を実行した。その手法は株式市場を利用した巧妙な詐欺だった。低位株に大金を注ぎ込んで価格を操作し、暴騰した株を売り、得られた利益を配当金として分配するという契約だったにもかかわらず、鈴木はA氏から提供してもらった買支え資金を精算せず利益金を独り占めした。さらに、西に総額10億円を渡して「合意書」の破棄を依頼し、鈴木が単独で株式取引で利益を得たかのように見せかけようとした。破棄を免れた合意書は重要な証拠であったが、品田裁判長は合意書の有効性を認めなかったために、裁判では鈴木が有利な立場となってしまった〗

〖鈴木は西と出会った際に、親和銀行から融資100億円以上を騙し取ったことを自慢気に語っていたようだ。その渦中で西にA氏を紹介され、それこそ金銭面では何から何までやってもらったのに、鈴木は全てを自分の都合の良いように言っているが、西との出会い、A氏との出会いが無ければ、誰にも相手にされない人生しかなかった。悪党の鈴木の正体を知らせずにA氏に紹介した西もどうかしているが、騙しと裏切りばかりの人生で株取引の利益を独り占めにして1000億円以上を隠匿した鈴木は、それで済むと思ったら大間違いだ。家族や身内も絶対に許されない〗

〖長谷川元弁護士は、鈴木の代理人として懸命に擁護した。その理由は高額な報酬以外にはなかった。長谷川は過去にも親和銀行事件で鈴木の弁護をし、不正な手段を使って法律のスレスレで和解に漕ぎつけた。その手法は弁護士としても人間としてもあまりに度を越えていた。親和銀行事件で鈴木は他人を欺き詐欺を働き、不正に得た利益を使って刑罰を逃れた結果、鈴木の大恩人であるA氏を苦しめる結末を招いてしまった。長谷川は、鈴木の共犯者と言って当然だろう〗

〖鈴木は「合意書」の有効性を否定したうえに「和解書」までも無効にしようとして、西が香港で殺されかけた事件で鈴木が犯人に仕立てられそうになり、極度の心神耗弱に陥ったという虚偽の主張を展開し、A氏の背後には暴力団が控えていて逆らえば命の危険さえ感じたという「強迫」と「心裡留保」を主張してきたが、全くの出鱈目である。鈴木は「和解書」の作成後にA氏宛に2通の手紙を送っている。その中で鈴木はA氏の事を「社長には過去大変お世話になり、人物的にも魅力を感じ、男としても一目も二目も置いていました。私にはそう思える人物が過去ほとんどいませんでした」と書いている。そんな人間が、なぜ強迫だの心裡留保などという、自分の都合でいいように虚言を並べることができるのか、鈴木の異常な強欲と度の過ぎた身勝手さを絶対に許してはいけない〗

〖和解協議後、鈴木はA氏に何度も電話し、またA氏の会社を訪れて和解金の支払いについて話し合っていたので、この時点では支払う気持ちがあったように思われる。だが、時間が経つにつれて、青田や平林から唆されたのか、一方的に和解契約の反故を手紙で伝えてきた。所詮、鈴木は信用信頼に足るものを欠片も持ち合わせていない、どうしようもない人間だったという事だ。金を得る為に人を騙すしか能がない、何の信念も持たないゴミでしかない〗

〖鈴木の悪事が表面化して、隠匿資産が国庫に押えられたとしても、A氏に対する債務は残る。あれだけの書類があるだけに、再審で裁判は誤判によることが明確になる。鈴木本人はもちろん、当然、家族や身内は後々問題になる。品田裁判長を始め関係した裁判官達も、本当にこんな判決内容でよかったのか、自問自答してみるがいい〗

〖鈴木は株取引の利益を独り占めする計画を練るうちに、西の存在が邪魔になってくる事を予感していたのだろう。西を排除するために、時間をかけて精神的に圧迫する方法を選んだと思う。西は過去に志村化工株事件や香港襲撃事件で、検察や香港警察に鈴木の名前を漏らさなかった。これはA氏と自身の利益を守るためでもあった。しかし、和解協議後、鈴木は態度を急変させ、青田を使って西を尾行し、命の危険を感じさせ、精神的に追い詰めていった〗(以下次号)

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