〖鈴木の隠匿資金を知る関係者に吉川某と霜見誠がいた。2人は鈴木が用意したペーパーカンパニーやプライベートバンクの事を詳しく知っていた筈だが、吉川は現在も行方不明のままのようで、霜見は夫妻ともども日本に帰国中に殺害されてしまった。この2つの事件にも鈴木の関与が噂されているが真実は闇の中だ〗
〖香港で西が殺されそうになった事件で首謀者に仕立て上げられそうになったので、仕方なく「和解書」に署名指印した、と鈴木は嘯いていたが、自分が潔白であれば、何も恐れることはないではないか。西の香港事件に限らず、何もかも金の為にA氏や西を騙して裏切り続けてきた鈴木は、心の奥底に怖気を宿している。こんな人間は社会的に排除されて当然だ〗
〖鈴木は、和解協議で裏切り行為を認め「和解書」作成に至ったというのに、一方的に和解契約を反故にしてしまった。納得のいく交渉をしたいからと、青田と平林弁護士に交渉を委任したが、和解交渉は上手くいかず、というより最初から解決する意思など鈴木にはなく、A氏は結果的に裁判を起こさざるを得なくなった。納得のいく交渉をするというのであれば、鈴木本人が交渉の場に立たなければ話にならない。本来なら裏切り行為を働き、株の利益金を騙し取った鈴木に交渉を持ちかける権利などなかったはずだ〗
〖鈴木は裁判で、和解書に署名指印した理由の一つに、株取引の売りを担当していた紀井氏の裏切りで動揺したことを挙げていたが、元々は鈴木が紀井氏を雇うに当たって約束した対価を支払っていなかった。また株取引が合意書に基づくものであることを裏付ける取引の詳細を西に伝えたことにより、A氏にも鈴木の裏切りが発覚し、これ以上嘘を突き通せ無くなったので、観念して署名指印したのではなかったのか。西や紀井氏の真相暴露でA氏に対する裏切り行為が表沙汰になったのだから、鈴木が動揺したのは当たり前だ〗
〖西は、長年A氏の援助を受けながら事業を展開してきた。東京オークションハウスはバブルが弾けた時代に合ったビジネスだったと思う。バブル全盛期に購入した宝石や絵画等を金融業者絡みで処分しようとすると、足元を見られて超安価でしか処分できないが、オークションに掛けると見知らぬ富裕層が参加してきたり、価値観の異なるクライアントが表れて思わぬ高値で商談が成立したりする事がある。西は、どこかのマネ事であっても自分が考案したものとして創業する能力には長けている部分があった。しかし、開業するに当たっての資金は無く、A氏に頼るしかなかった。A 氏は西の発案に協力して援助してきたようだ。都内の麻布にオフィスとオークション会場をオープンし、A氏の支援を受けながら多額の宣伝費をかけてクライアントを集め、マスコミにも注目される様になり、クライアントを増やして行った。一時は上場を目指せるほどの勢いがあったようだ〗(関係者より)
〖裁判で最大の争点であった株取引について、「合意書」に基づく取引であったことを裏付ける決め手の一つとして、鈴木の下で株取引の売りを担っていた紀井氏の証言と株取引の詳細を記した「確認書」が証拠として提出されていたにも拘らず、品田裁判長はろくに検証もせずに「合意書」の効力無効の判断を下している。これは裁判官による怠慢であり、被告側を擁護した偏向裁判だ〗
〖西は、鈴木と違って柔和で人当たりも良く、自分を大きく見せる演技力を持ち合わせていて、クライアントからの信用も得るようになり、クライアントと会食するのが日課の様になっていた。西は、調子に乗って持ち前の遊興好きと浪費癖が災いしてか資金難に陥って行ったようだ。赤坂の高級クラブでは西は有名だったようだが、A氏に本当の報告をせず、金融会社から高利の資金を借りるようになっていたと思われる。そんな時期、平成7年頃に上場会社FRの代表取締役の肩書を有していた鈴木が近寄ってきた〗(関係者より)
〖和解協議後、鈴木がA氏宛の手紙に「私一人で立案し稼いだ資金を国外移動という、現在最も難しいことを何故一人でやらなければならないのか」と書いているが、A氏の資金支援がなかったら利益を上げる事は出来なかったはずだ。その金を独り占めにする為に鈴木が勝手に海外に違法流出させたのではないか。鈴木の話は全く筋が通らない〗(以下次号)