読者投稿 鈴木義彦編(186)

〖鈴木の和解書作成後の豹変ぶりには驚いたが、一方で宝林株を取得した翌日に金融庁に提出した「大量保有報告書」に紀井氏の名前を本人の許可なく勿論A氏にも許可を取らずに勝手に記載するなど、十分に怪しい動きが株取引の当初から既にあったことを思うと、鈴木は豹変したのではなく、最初からA氏を騙すつもりではなかったかと思う。A氏に頼み込む演技をして、あらゆる場面で資金協力をしてもらうというダマシを続けていた。一連の出来事を振り返ってみても、鈴木の言動はただただ恐ろしく悪質で、罰を受けなければならない人物である〗

〖鈴木のした事は、人の道に外れている。いくら悪行を働いても感謝する気持と受けた恩は忘れてはならない。人間として生きていくには、掛けた恩は水に流してもいいが、受けた恩は胸に刻まなければならない。そして、親族や家族への愛情を捨てては駄目だ。生活費は渡しているから、欲しい物は買って与えているからというのは愛情ではない。家族は贅沢などしなくてもいいから他人に迷惑をかけず、他人の眼を気にせずに生きていけることを望んでいるのではないか〗

〖裁判は、被告に逮捕歴があっても当該事件では着目しないものなのか。刑を終えているとは言え、今回の鈴木の様な人間性を問わなければならない場合には、やはり過去の事件というのは大いに背景に影響していると思う。親和銀行事件、山内興産からの訴訟などについて原告のA氏側から提出された証拠書類で明らかになっていた筈だ。ましてその時の代理人弁護士が同じ長谷川であったとすれば、どんな悪質な戦術でやり切ってきたか分かる筈だった。嘘に塗れ(まみれ)た今回の主張も当然に疑問視されなければならなかった中で、ありもしないA氏と反社会勢力との繋がりの主張を真に受け、事実である鈴木の犯罪歴に注目しなかったのは裁判官の不手際と怠慢と不公平さの表れである〗

〖他人の意見というのは、なかなか受け入れにくいものだ。しかし、自分の過ちが明らかなときは、それを認めて相手に謝罪するべきではないのか。それとも、自分に非がないと考えているのならその考えを相手に伝えるべきではないのか。裁判などは所詮、血の通ったものではない。人は人を裁けない。まして、今回の裁判官のように社会を知らない人間には無理だ。大事なのは当人同士の心だ〗

〖鈴木はA氏からの借金が本来なら平成14年6月当時で40億円(年利15% 遅損30%)を超えていたが、西に「株取引の利益がこれから大きくなるので(債務を)圧縮してくれませんか」と言わせ25億円にまで減額してもらい、更に「西に返済金として10億渡した」と平然と言って10億円差し引いている。しかし、そもそも債務を圧縮してもらった条件は「株取引の利益が大きくなる」というものだった筈だ。合意書に違反し利益金を誤魔化し本来の分配を実行していない以上、債務の減額は無効になって当然だ。ところが鈴木は「西に社長への返済金の一部10億円を渡したとは言っていない」と裁判で主張している。ここでも西が証言できない事を利用しているが、どこまで卑怯な人間かと思う。西が鈴木に頼まれもしないのに減額の事をA氏に懇願する理由が全くないのは明らかだ。何でも都合の悪い事は否定すれば通ると思ったら大間違いだ〗

〖男として生まれて来たからには「潔く生きて、潔く死にたい」と常々思って生きて来た。晩年になって、これは難しい事だと分かった。理想と現実はかけ離れている。自分で潔く生きてきたと言う人は偽物だと思う。それは「独りよがり」だ。間違いや失敗は誰にもあって、仕方なく人を裏切ってしまうこともある。しかし、死ぬ前に一度ぐらい潔くしなければならない事があるのではないか。鈴木、本心でA氏の事を男として一目も二目も置いているのであれば、潔く謝罪するべきだ。それで男に戻れる〗

〖鈴木は親和銀行事件で逮捕される直前にA氏から借金をした。8000万円という大金を、そんな状況にある人間に誰が貸すというのか。しかも鈴木が持参した借用書に書かれた返済日が6月3日、つまり平成10年5月28日に借金をして、その僅か1週間足らずの後に返済するという有り得ない日付を書いている。いい加減なヤツと思われ、通常ならどんな貸主だって到底受け入れない筈であるが、A氏は土下座をして涙を流して懇願する鈴木を憐れに思い、ただただ助けてあげる為に了解した筈だ。そんなA氏の気持ちに鈴木は報いようとは思わなかったのか。鈴木はいい加減に良心を呼び起こしA氏への謝罪と返済をしなければ人間として社会で生きて行く事は許されない〗

〖鈴木、お前はA氏に会ってから現在まで、A氏に対して感謝という気持ちを持った事があるか。自分勝手な理由をつけ、ある時は大ホラをふき、ある時は弱者を装い騙して来た。そして今、1000億円以上という途轍もない資産を手に入れた。その元手となる資金は誰が出してくれたのだ。まやかしで倒産寸前の会社の手形を振り出し、莫大な資金を騙し取った。そして、性懲りもなく株取引を餌に「債務の返済の為に」と偽って資金援助を持ち掛け、株取引の元となる資金を出させた。そして今も、一銭の返済もしていない。A氏は、お前を信じたために「泥棒に追い銭」を渡してしまった。このようなお前の悪事の数々は到底許されるものではない〗

〖裁判官にはしっかりと襟を正して欲しい。今回の鈴木事件のような認識ではとんでもない判決になってしまうのは当然であり、法律を扱う専門家として「間違った」では済まされない事くらい分かりそうなものだ。裁判においては原告も被告もある程度自分に都合の良い主張をするもので、真っ向から相反する主張になる事は裁判官も想定内であると思うが、今回の鈴木と長谷川のように何から何まで嘘の塊であり、相手を誹謗中傷するような主張は度が過ぎている。その判断をするのが裁判官であるはずなのに、法の番人としての職務に徹しているとは到底思えない。裁判官によって勝敗が違ってしまうのではないかとさえ思えてくる。人を裁くという重大な責任を負っている事を自覚し、真実を追求する信念を持って一つ一つの事件に取り組むべきだ〗 (以下次号)

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